事業承継において一番重要なことは、後継者の選定です。ここから事業承継がスタートするといっても過言ではないと思います。では、その後継者はどのように選んだらいいのでしょうか。いろんな考え方がありますので正解はないかもしれませんが、一つの考え方としてご確認いただけたらと思います。
本日は後継者の選定について考えてみたいと思います。
事業承継のパターン
事業承継には、下記の3通りの方法があります。
- 親族内承継
- 親族外承継(役員・従業員承継・社外からの招へい)
- 社外への引継ぎ(M&A)
日本の中小企業は同族経営が多く後継者の選定は親族内の承継がまず考えられます。
親族への承継は、後継者との信頼関係や内外の関係者からの心情的な受け入れなどを考え、メリットとなる点が多いです。また計画的に後継者の育成ができることも大きなメリットといえます。
しかしながら、最近は親の会社を引き継ぎたくない、子供にはつらい思いをさせたくないなど、個人の価値観や意見を尊重したり、引き継ぐ能力がないなど、様々な理由から親族内の承継が減少し、親族外の承継が増えています。
帝国データバンクの調査では、2022年の事業承継動向は、親族内承継が最も多く34.0%、親族外承継では、役員・従業員などの内部昇格33.9%、外部招聘7.5%となっています。傾向としては、親族内承継は減少傾向にあり、内部昇格が増加しており、親族内で承継するケースが少なくなっています。
また、創業者が再び経営者に復帰するケースも4.3%あり、事業承継が失敗した例も散見されるようです。
事業承継を進める前提
以前のお役立ち情報にてお伝えしましたが、事業承継を実施する前提として、企業を存続させる価値があるのか、まずそれを判断する(事業性評価)必要があります。事業の規模・収益性・今後の成長性、財務状況など、経営、資産、知的資産の面から総合的に判断して、事業承継する価値があると判断することが前提条件となります。また事業承継する価値があれば、当然のことながら、後継者にとっても引き継ぎたいと思えますので、受け入れしやすくなります。
事業承継にタイミングと必要な時間
後継者候補を決めるタイミングについては、現経営者のリタイアの時期から逆算しますが、後継者の育成期間、後継者のブレーンの育成期間、自社株など資産の移転に要する期間、そして、後継者の選定する時間を考慮する必要があります。
事業承継には前述のパターンがありますが、いずれにも言えることは、誰に引き継ぐのかをきめるには時間がかかることです。後継者の選定、後継者の育成、事業承継の実施までを考えると、一般的には5年から10年程度かかると言われています。
M&Aを利用する場合は、相手が見つかりさえすれば、これらと比べると時間はかかりませんが、前提としてM&Aは後継者が見つからない場合の選択肢となるケースが多く、それを考慮すると、一定程度の時間がかかるのは言うまでもありません。いずれにしても早く取り組むことが大事だと言えるでしょう。
それではどのように後継者を選択していくばいいのか、その選択方法を考えてみましょう。
後継者の選定について
後継者をこれから選んでいく場合に、どのように選んだらいいのでしょうか?
まず、下記のような疑問、悩みが出てくるのではないでしょうか。
- 子供が本当にやるのかやらないのか、やる場合は後継者にふさわしいのか
- 親族でそのような対象者がいないのか
- 役員・従業員から選ぶ際は、どのように判断したらいいのか
- 社外から招聘する場合は、どのように判断したらいいのか
対象となる人材が後継者に適任かどうかは、「後継者を選ぶ基準」を明確にする必要があります。
この基準を明確にすることで、客観的に人材を評価することが可能になります。
また後継者を複数の中から選定する際には、基準があることで、後継者の育成にもつながり、成長を促すポイントにもなります。
実は、この基準については、親族内承継でも重要なポイントとなります。親族内承継で失敗するポイントは、後継者である親族の資質を見極めることなく(経営者としての潜在能力)、また後継者も甘やかされることで、経営者としての自覚がない、または間違った考えをしている(勘違い)ということで、失敗につながることがあるからです。兄弟が複数いる場合は特に注意が必要で、基準を明確にせず後継者を決めてしまうと、事業承継がうまくいかず、また争いにつながることにもなります。
後継者を選ぶ基準について
後継者の選定は、経営者としての資質のある人物かどうかを見極めるということが大事になります。その資質として「経営能力があること」とか、「経営能力が高い」などがよく言われ、それが選択基準として一般的に取り上げられますが、中小企業の場合はたくさんの人材がいて、各部署での経験を積み、競争を勝ち抜き、その中から選択していけるケースはあまりないではないでしょうか。それ自体を選択基準にすることは現実ではないと考えます。むしろこれらの能力は育成していくものと考えてた方が良いのではないでしょうか。
まず第一に選択基準として考えなければいけないのは、人間的な魅力があるかどうかという人間力ではないかと思います。
人間的な魅力=人徳があるかどうか
ドラッカーによれば、経営者に必要な「資質」としては「真摯さ」だけが必須条件であると言っています。「真摯さ」とは、「誠実・正直・高潔・裏切らないこと」をいいますが、上に立つものが当然に持っているべき資質であると考えます。また、ドラッカーは、「真摯さ」以外に先天的なものは何一つ必要ではなく、これ以外の「資質」は後天的に習得可能であるとしています。
また、稲盛和夫氏は、早期に事業承継をされていますが、その際に、後継者の選定で最も重要なのは、「魂」だとしており、大事なのは、「誠実、善良、慈愛の心、利他の心を持っていること」だとおっしゃっており、そういう人を後継者に選んだとされています。
(仕事ができるのは大前提としてある、とも言われています)
ドラッカー氏と稲盛和夫氏ともに「心」が大事だとおっしゃっています。表現こそ違うものの、おっしゃっている内容は同じだと思います。人として尊敬できる資質をまず持っていることが大事であると考えます。
これ以外に、大事な「心」として、「責任感を持つ」ということ、つまり、他の人や環境のせいにしない、最終責任は自分であるという感覚を持ち、最後まで自分の責任でやり遂げるということ、「会社への思いを持つ」ということ、つまり、誰よりも会社のことを考え、会社を優先させ、誰よりも情熱をもって会社を引っ張っていく気持ちを持っていること、または持てる素質があること、が必要だと思います。
考えてみれば、人の上に立つ人間として当然に持っているべき資質ですが、これらがあるかどうかが、最初の考えるべき選択基準としてあげられるのではないでしょうか。
これを見極めるのは、簡単なことではありませんが、会社を長年経営されてきて、たくさんの人に出会い、たくさんの人と関わってきた、社長さんだからこそ、見極めができるのではないかと考えます。
会社の理念や価値観への共感
次に、会社を経営していくうえで大事な、経営理念を理解し共感ができるのかがポイントとなります。
会社には、企業の理念、存在意義、経営者を中心に培ってきた文化や価値観などがあり、添えを元に、経営戦略が策定され、実行されていきます。企業の行動は常にこれを元に行われており、これを基準に判断されるのが、「正しい判断」となります。これを理解できない、共感できない後継者を選んでしまうと、経営者の思いを受け継いでもらうことができなくなり、思わぬ方向へ会社が進んでしまいます。
これを理解して共感してもらうのは当然必要な基準となります。
そのためには、日頃から、経営者は、経営に対する想い、価値観、信条、組織風土・文化などを再確認し、できれば明文化して後継者候補や従業員と共有しておく必要があります。
仕事の能力(実務能力)
稲盛和夫氏も前提としていましたが、当然に仕事の能力は持ち合わせている必要があります。
さまざまなことをよく知っている(知識)があること、自分の意見や主張があること(見識)、見識に基づいて決断し行動ができること(胆識、決断力・行動力)、先を見通す力(先見性)、決めたことを行動し完遂する力(実行力)、本物と本質を見抜く力(眼識)、伝える力や意見を引き出す力(コミュニケーション力)、みんなをまとめ上げ引っ張る力(リーダーシップ、統率力)、万が一に備えるリスク管理能力、などがあります。
これらは事前に持ち合わせていることが理想ですが、仕事を通じて養わせることもできます。これらの能力を身につけることができそうな土台さえあれば良いと考えます。
意欲と覚悟
経営から逃げ出さない覚悟、経営を全うするという意欲を事前に持ち合わせていることが理想ですが、経営者としての意欲と覚悟を事前に持ち合わせている人材はなかなかいないのではないでしょうか。
ある意味、本当の意欲と覚悟は、経営者として経営をしていき身につくものだと考えます。とはいえ、レベルの差はありますが、事前に培っていくことはある程度できます。
ドラッカー氏は「後継者の強みを生かし、成果に責任を持たせること」で仕事をすることを通じて意欲は高まるとしています。
目的を持ち仕事を進めていけば可能になるのではないでしょうか。まずは本人のやる気があるかどうかがポイントと言えるでしょう。
物足らないのは、当たり前の話
経営者にはさまざまなスキルが求められますが、必要なスキルはすぐには身に付きません。
こうした能力は一朝一夕で身に付くものではなく、日々の研鑚と周囲のサポートが必要です。現社長がここまで来られたのも日々努力した結果であり、その結果が現在の実力値となります。
後継者を見る場合、昔の自分と比較するのではなく、どうしても現在の自分の実力値と比較してしまいがちになります。物足りないのは当たり前です。必要なスキルは今後の育成で身につければいいのです。まずは人として魅力があるか、自社の理念・価値観などの理解ができ共感ができるか、そして本人のやる気があるかどうかが評価のポイントとしてなり得るのではないでしょうか。
まとめ
本日は後継者の選び方について考えてみました。これについては正解がないと考えますし、会社により選ぶ基準の優先順位は変わってくるものとも思います。ただ、人として選ぶべきなのかという点が大事なのは変わらないのではないでしょうか。
さいきコンサルティングでは、伴走型で事業承継の実現に向けてご支援をしていきます。
事業承継に関わるご相談はお気軽にさいきコンサルティングまでお問い合わせください。
次回は、後継者の育成方法について考えてみます。
それでは、また。
- この記事を書いた人
- 中小企業診断士/事業承継士
- ソニーの国内販売会社に38年間勤め、営業・マーケティング・マネジメントに携わる。量販本部担当を12年するほか、ソニーショップの経営支援などを行う。2021年より「さいきコンサルティング」を開業。
さいきコンサルティングでは、事業承継に関わるご提案および解決に向けて伴走型で支援をしていきますが、弁護士、税理士などの独占業務など、業法に抵触する職務をすることはありません。