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みなさん、こんにちは。

前回は、事業承継時において実際に経営を引継ぐ際に後継者が学ぶことと題してお話をしました。
これは、後継者がスムーズに経営できるように実務の引継ぎの話でした。事業承継において引継ぐものは、「経営の引継ぎ」と「財産の引継ぎ」の2面があります。我々のような中小企業診断士、そして事業承継士が担う事業承継は、この「経営の引継ぎ」と「財産の引継ぎ」の両方をサポートしていくのが、ひとつのウリであり、事業承継をスムーズに進めていける上でのセールスポイントでもあります。本日はその一つの「経営の引継ぎ」に使うツールとして、「事業価値を高める経営レポート」をご紹介したいと思います。

※<参考>「事業価値を高める経営レポート・作成マニュアル2012年改訂版」

事業価値を高める経営レポートとは

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事業価値を高める経営レポートとは、「知的経営資産による経営」を進めていくために、必要な項目を記入していくことで、まとめられるフォーマットのことです。ストーリー仕立てになっており、使いやすいツールとなっています。2008年に中小機構から公表され、その改訂版が2012年に出されています。知的経営資産による経営で重要な「無形資産」を「見える化」していき、今後の経営戦略を推進していくツールになります。

事業承継で一番大事な知的資産の承継

大事なことを示すイメージ画像

事業承継においては、先代経営者が長年築き上げてきた経営理念、ノウハウや技術・技能、知的資産(特許・ブランド等)、人財、組織力、組織文化・組織風土、取引先とのネットワークや信頼関係・人脈などの「知的資産」の引継ぎが非常に重要となります。これらには見えているもののほかに暗黙知として形成されている見えないもがあり、これを「見える化」することが大事になります。これらを「見える化」をストーリー立てて捉えることができるツールが、この「事業価値を高める経営レポート」になります。このツールは「知的資産(強み)」だけでなく、「弱み」なども「見える化」して、今後の経営戦略へとつなげていくツールです。先代経営者と後継者が一緒になって、これを完成させていくことがスムーズな事業承継にもつながります。

知的資産とは?

ある意味、漠然としているかもしれません。知的資産を改めて定義しておきましょう。
言葉は前述の通りですが、2008年の作成マニュアルおよび2012年に改定された作成マニュアルに挿入されている図が分かりやすいので、ここで引用して確認します。

知的資産の説明図1

企業の形の見えない競争力の源泉となる強みとなる資産は見えないことが多いです。

無形資産、知的資産、知的財産、知的財産権の関係も分かりずらいですが、まとめられた図が作成マニュアルに掲載されていますので、下記をご覧ください。

知的資産の説明図2

※2012年 事業価値を高める経営レポート作成マニュアル改訂版より引用

事業価値を高める経営レポートのフォーマット

それではフォーマットを確認します。

全体図は下記の通りですが、A3で1枚(A4 2枚)に記載するカタチになっています。

流れに従って考えていき、記載していくことで、知的財産の見える化を行い、今後の軸となる戦略を立案していくことができます。

事業価値を高める経営レポートの全体図

※2012年 事業価値を高める経営レポート作成マニュアル改訂版より引用

それでは、各項目を確認しましょう。

企業概要について

キャッチフレーズ、企業概要、沿革、経営理念、受賞歴・許認可等を記載します。

事業価値を高める経営レポートの企業概要の説明図

キャッチフレーズは、自社の特徴、差別化のポイントを一言で分かりやすく記載します。

この中で一番大事なのは、企業理念です。ここでは企業の存在意義・使命・ビジョン・価値観・行動規範などを記入します。

企業理念は策定されているところが多いと思いますが、どの程度本気でそれを実現しようとしてるか?業績の良いところはご多分に漏れずに一番大切にしています。企業の憲法ともいえるこの経営理念が組織の一体感を醸成し、企業の価値観を醸成し、判断・行動の基準になります。

これから策定する戦略の根本にもなりますので、先代経営者と後継者でしっかりと共有し、長年培ってきた本質は承継しつつも、時代に合わせ変えるところは変えていく作業が必要になります。

内部環境(業務の流れについて)

業務の流れを見える化することにより、会社の業務を俯瞰して、強みと弱みを整理します。

事業価値を高める経営レポートの内部環境(業務の流れ)の説明図

作業としては、自社の業務の流れを体系的に把握できるように、各業務の概要や工程、担当部署を記載します。

そして、各業務(部門)において、顧客に選ばれ続けるために行っている、独自の取り組みや重視している取り組みを記載します。

記載にあたっては、顧客目線で、顧客が価値と捉えているものは何かという視点が必要です。

ここでは一般的に使う切り口として、QCD(Quality:品質、Cost:価格、Delivery:納期)で整理すると分かりやすいです。

内部環境(強み・弱み)について

業務の流れで記載した項目を参考にしながら、他社比較、自社(経年)比較などを通して、「売り(強み)」と「課題(弱み)」を記載します。そして、それらを生み出している要因(理由・背景)を記載します。

事業価値を高める経営レポートの内部環境(強み・弱み)の説明図

強みと弱みの理由・背景としては、下記の3点で考えまるとまとめやすいとされています。

  • 人的資産:一個人に付随する資産(社長・従業員)=(例)社員の技術・技能・ノウハウ、経験など
  • 構造資産:組織に定着している資産(仕組み)=(例)顧客データ・各種しくみ・マニュアル・文化
  • 関係資産:組織外とのつながりに関する資産=(例)顧客・協力会社・調達先とのつながり

外部環境について

自社を取り巻く経営環境を「機会(チャンス)」と「脅威」の視点で整理します。

事業価値を高める経営レポートの外部環境(機会・脅威)の説明図

「機会」「脅威」ともに、業界や市場にとって機会(チャンス)・脅威となる要因、自社のみに機会・脅威となる要因を記載します。

これには、マクロ環境の視点とミクロ環境の視点で考えます。

マクロ環境の視点としては、PEST分析(政治・経済・社会・技術)で考えます。ミクロ環境の視点としては、5フォース分析(競合・新規参入・代替品・供給者・顧客)、マーケティングの4P(製品・価格・チャネル/流通・販売促進)で考えます。

今後のビジョン(方針・戦略)

今後のビジョンとそれを実現するための具体的な取り組みを検討します。

事業価値を高める経営レポートの今後のビジョン(方針・戦略)の説明図

外部環境と知的資産を踏まえた上で、実現可能なビジョン(あるべき姿)を記載します。

そして、これを実現するために必要となる具体的な取り組みを記載します。

考え方は、クロス環境分析(内部環境×外部環境を4つの視点で分析)を使います。

  • 強み×機会:強み(知的資産)を活かして機会をものにする取り組み
  • 強み×脅威:強み(知的資産)を活かして脅威を避ける(影響を少なくする)取り組み
  • 弱み×機会:弱みを克服して機会(チャンス)を逃がさない取り組み
  • 弱み×脅威:弱みを克服して脅威を避ける(影響を少なくする)取り組み

取るべき王道の戦略としては、強みを活かし機会を捉える「強み×機会」ですが、企業の取り巻く外部環境であるマクロ環境と自社内の環境であるミクロ環境(以上、前述)を考慮して、最終的に必要性・優先順位や実現可能性などを考慮して取り組む課題を決めていきます。

価値創造のストーリーについて

今までの知的資産の活用状況(過去~現在)と今後の活用目標(現在~将来)をまとめます。

上記の今後のビジョンを実現するために必要な知的資産について、今までを振り返り、今後のストーリーを作成していきます。

事業価値を高める経営レポートの価値創造のストーリー作成の説明図

記載する内容は、人材に関する強み(経営者・従業員)、組織に関する強み(仕組み)、社外とのつながりに関する強み、上記以外に関する強みの4項目となります。そして取り組んで得られる成果(過去~現在)、目標(現在~将来)についての指標(財務:売上・利益等、非財務)を記載します。

テーマ別の取り組み

さらに深掘りできるように、テーマ別の取組みとして、2012年に6つのフォーマットが追加されています。「ベンチャー」、「リレーションバンキング」、「事業承継」、「知的財産(営業秘密を含む)」、「マーケティング」、「人材強化」の6つがあります。

本日のまとめ

実はこの経営レポートの流れは、われわれが経営診断を行うステップに沿った流れと同じものになっています。この流れに従って考えることは、経営診断→経営改善・経営計画の策定にもつながります。事業承継には事業の承継と財産の承継の2つの領域がありますが、見落としがちなのが事業そのものの承継です。先代経営者と後継者がこの経営レポートを作成することは、事業そのものの承継につながり、スムーズな事業承継を実現できます。

さいきコンサルティングでは、事業の承継、財産の承継と両面にわたって伴走型で支援いたします。

広島における事業承継に関わるご相談は、お気軽にさいきコンサルティングまでお問い合わせください。

次回は事業承継計画について確認いたします。

それでは、また。

この記事を書いた人
佐伯 隆
中小企業診断士/事業承継士
ソニーの国内販売会社に38年間勤め、営業・マーケティング・マネジメントに携わる。量販本部担当を12年するほか、ソニーショップの経営支援などを行う。2021年より「さいきコンサルティング」を開業。

さいきコンサルティングでは、事業承継に関わるご提案および解決に向けて伴走型で支援をしていきますが、弁護士、税理士などの独占業務など、業法に抵触する職務をすることはありません。