前回は、後継者が安定した経営を行うためには、2/3以上の自社株を後継者に相続させることが望ましく、現経営者の自社株の相続の対策と現経営者以外が所有する自社株の対策について考えてみました。
本日は、現経営者以外が所有する自社株の対策についてさらに深堀していきます。
現経営者以外が所有する自社株の問題について
ほとんどの中小企業が勝手に株式を売買できないように売買するには会社の承認が必要(譲渡制限株式)としていますが、唯一勝手に所有権が変わるのが相続によるものであり、結果分散してしまうという問題があるというでした。
相続によって株式が分散しないようにする対策として、定款の中に「相続時の売渡請求権」を入れることだと前回お伝えしましたが、これには注意が必要ですと補足しておりました。
それは、先代経営者である自分の父親が先に亡くなる場合です。
定款の中にこの規定を入れたがために、自分が株式を相続するということができなくなります。
このようにならないために、いくつかの方法がありますので、確認してみましょう。
相続時の売渡請求権における対策について
相続時に、自分の父親からの自社株の相続ができなくなるのを防ぐには下記のような方法が考えられます。
1.定款に売渡請求をできる条件の詳細を入れる
2.定款への規程を相続後に行う
3.完全無議決権株式の活用
4.黄金株式の活用
それぞれ詳しく見ていきます。
1.定款に売渡請求をできる条件の詳細を入れる
定款の「株式の売渡請求」の条文に続けて、現経営者の相続を対象外とする内容を書き加えます。
具体的には、「ただし、〇〇〇(現経営者)が所有する株式についてはこの限りではない。」あるいは、売渡請求の対象となる株主の持ち株比率などを考慮して、「ただし、相続人に対する売渡請求は、その相続する株式が発行済み株式総数の15%以内の場合のみ請求できるものとする。」などと儲けることによりリスクを排除しておきます。
2.定款への規程を相続後に行う
排除したい株主に相続が発生したときに、事前の話し合いをして買い取ることが決裂した時点で、定款に売渡請求の条項を設けるという方法です。
ただし、売渡請求に関する請求期限などに注意する必要があります。
3.完全無議決権株式の活用
現経営者が所有する株式のみを普通株式とし、残りすべての株式を全部取得条項付種類株式として、さらにすべての議案に対して議決権のない完全無議決権株式としておきます。後継者に相続が発生した際に、結果的に全株主が議決権を行使できなくなることで、先代経営者の普通株式を相続する後継者だけが議決権を行使できることで、売渡請求を受けなくする方法です(会社法第175条 2項)。
4.黄金株式の活用
現経営者が存命中に、後継者に黄金株を発行しておく方法です。
相続が発生し売渡請求に関する株主総会が開催された際に、後継者は利害関係者ということで議決権を行使できませんが、種類株主総会の決議において、議決権を行使し、売渡請求を拒否する方法です。
以上、これらの方法を活用して、現経営者以外が所有する自社株の分散を防ぐことが可能になりますが、会社法においては無制限に買い取りができるわけではありません。
いざとなったときに買い取りができるよう事前の準備をしておきましょう。
会社法における相続時の売渡請求権の注意点
売渡請求に関して、会社法では下記の通り規定されていますので注意する必要があります。
売渡請求の期限
相続その他の一般承継があったことを知った日から一年以内に、株主総会の特別決議を経て請求をする必要がある。
売買価格の決定
株式の売買価格は当事者間の協議によって定めますが、協議が整わない場合、売渡請求があった日から20日以内に裁判所に対し「売買価格の決定の申立て」をすることができます。
財源規制
自社株の買取には会社法で財源規制が定められています。その内容は、「会社が自己株式の取得の対価として株主に交付する金銭等の帳簿価格の総額は、当該取得の効力発生日における分配可能額を超えてはならない、というルールです。具体的には下記の通りです。
①純資産額による制限
純資産額が300万円を下回る場合には買取ができない。
②分配可能額による制限
分配可能額は厳密には複雑な計算となりますが、簡単に言えば、最終事業年度の末尾における「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」の合計額を基礎とします。
※実際は、この金額に複数の項目に基づいた金額が加算・減算されます。
※詳細は税理士等にご確認ください。
実際に買い取ろうとして、財源規制により買い取りができない場合もあります。
しっかりとした経営を進めていき、内部留保として利益を残しておくことが必要なのは言うまでもありません。
現経営者以外が所有する自社株のその他の問題
1.名義株式の問題
名義株式は、1990年商法改正以前に設立した会社に見られるものです。以前は株式会社を設立するのに発起人が最低7名必要でした。その人数を確保するために、名前だけ借りたというのが名義株式と言われるものです。お金は現社長が用意してあげているので、実質の所有者は本来違うはずですが、名義上は借りた人のものになっており下記の問題が発生します。
①名義株主に相続が発生することで見知らぬ人が権利を主張してくる
②真実の株主に名義を書き換えしたら、贈与と認定され贈与税が課される
会社設立時の名義借りについての実情は当事者にしか分からないことになるので、双方が話し合い峻別しておく必要があります。これは現経営者が生前に、名義変更または承諾書などに印鑑証明書を添付して署名押印をもらうのが理想です。
2.所在不明株主の問題
所在不明株主とは
所在不明株主とは、下記の状態にある株主を言います。
①会社から送る株主総会の招集通知などが5年以上一度も届かない、かつ
②5年以上一度も会社からの配当の受領もない株主
※5年以上配当をしていない状態でも可
ただし、株主総会招集通知を所在不明株主に送付していなかったり、そもそも株主総会自体をやっていなかったりすると、所在不明株主は存在しないことになります。
後継者が所在不明株主への対応を困らないようにするためには、現経営者が生前中に、これに対しても対応しておく必要があります。
対応策
1)会社法における対応策
会社法第197条には、所在不明株主が保有する株式を会社が強制的に買い取る手段として「所在不明株主の株式売却制度」を定めています。具体的には下記の方法があげられます。
a) 所在不明株主あるいは所在不明株主の相続人を探し、発見した場合、交渉により株式を買い取る
持ちうる情報や株主とつき合いのある人からの情報、ネット情報、住民票や戸籍謄本などから調査して見つけることになります。これで見つかる場合には、事情を話して買取を進めます。
b) 裁判所の手続きにより競売で売却、または裁判所の許可を得て買い取る
ただし、所在不明株主の定義の通り、株主総会の招集通知等を発送して5年以上一度も届かないという事実が必要となります。また、非上場の中小企業の株式は、市場価格がないので株価鑑定書を裁判所に提出して許可を得るなどの手続きが必要になります。
2)経営承継円滑可能における会社法の特例
令和3年の「経営承継円滑化法」の改正により、一定の要件をもとに、国の認定を受けることにより、上記の「5年」の期間を「1年」に短縮できるようになりました。
詳しくは、以前のお役立ち情報でご案内した「経営承継円滑化法における会社法の特例」をご覧ください。
まとめ
今回は、現経営者以外が所有する自社株の対応について考えてみました。
後継者が安心して経営を担うためには、現経営者以外が持つ自社株が相続等で分散してしまわないように事前に対策を打つことが必要です。また名義株主や所在不明株主などは現経営者しか知りえない事情がある場合が多くあり、現経営者が生存中に話をつけておかないと、あとあと手間と工数がかかることになることになります。
事前に現状を把握して対策を打っていきましょう。
さいきコンサルティングでは、このような問題も一緒に考えていき、対応策を実施していきます。
広島での事業承継に関わるご相談はお気軽にお問い合わせください。
次回は、自社株の株価について考えてみたいと思います。
それでは、また。
- この記事を書いた人
- 中小企業診断士/事業承継士
- ソニーの国内販売会社に38年間勤め、営業・マーケティング・マネジメントに携わる。量販本部担当を12年するほか、ソニーショップの経営支援などを行う。2021年より「さいきコンサルティング」を開業。
さいきコンサルティングでは、事業承継に関わるご提案および解決に向けて伴走型で支援をしていきますが、弁護士、税理士などの独占業務など、業法に抵触する職務をすることはありません。